渦流検査法による硬化層深さの推定手法
株式会社 ケンオートメーション 技術部 鈴木仁志
keyword: 非破壊検査、渦電流、高周波焼き入れ、硬化層深さ、硬さ、試験周波数、検量線 透磁率、導電率
はじめに
熱処理された自動車部品や機械部品などの硬化層の深さと硬さを非破壊試験で知ることは、技術者にとって常に話題になる。非破壊検査のなかでも、渦流検査法は水・油の影響が少なく、脱磁装置が不要なので装置が簡単になり、近年、注目をあつめている。
渦流検査法は①熱処理時の表面に発生したクラックを検出する探傷法、②組織の状態を検出して硬化層の有無、硬さやその他の要因を判別する材質検査の2つがある。この硬化層の有無を判断する渦流検査法は実用化されているが、近年はもう一歩すすんで、硬化層の深さをmm単位で検出したいとの要望が深まっている。いままでにも、多数の文献が発表されているが、研究や実験室での評価に終わっていて、実用化にいたってないのが現状である。
硬化層の深さが、渦流検査機(eddyliner-P:ibg社)で推定できる手法を見出せたので紹介する。非破壊検査の場合、他の試験機・測定器とは違い、基本的な物理量(例;電圧、温度、周波数など)を直接、指示計に表示する絶対値測定はできない。事前に校正用の対比試験片のデータ(一般的に検量線とも呼ぶ)を検査機に作成する。未知の試験片をこの検量線と照合させて、未知の量を推定する手段をとる。
ここでは硬化層深さの検量線が作成でき、硬化層深さと渦信号出力との間で相関係数が0.9以上あれば、有益な検量線と判断する。
渦流検査とは
励磁コイルに発振器からの交流を印加すると、コイル内に置かれた導体に渦電流が発生する。この渦電流は導体の透磁率と導電率の影響を受けて「電磁的な指紋」のように発生する。この微小な電流からの磁束の変化を受信コイルで受信し、外部に渦信号出力として表示する。
渦電流の公式と組織
試験体の内部にどの位の深さまで渦電流が浸透するかを知る目安は次式による。
- 浸透深さ(δ)=1/√(πfμσ)
- 公式1
ここで、f:試験周波数、μ:透磁率、σ:導電率を指す。
浸透深さは試験周波数、試験片の透磁率(μ)と導電率(σ)の平方根に反比例する。試験周波数を高い方から低い方へ連続に変化すれば、表面・表層部の組織から深い組織までの断面を検出することができる。試験周波数が低い程、または、μが小さくなるほど、浸透深さは深くなる。逆に、μが大きくて、周波数が高くなるほど、浸透深さは浅くなる。
代表的なμの値は炭素鋼の焼入された組織で100~180で、焼鈍の組織で200~500である。また、硬化層(微細マルテンサイト)に残留オーステナイトが多く分布していれば、この組織は非磁性体でμは小さいので、浸透深さは深くなる傾向にある。このように硬化層のμは組織状態で微妙に変化し、浸透深さに大きく影響を与える。従って、試験周波数を適切に選択すれば、硬化層の深さは推定ができる。本文でσも議論しなければならないが、熱処理結果の渦電流への影響は、σよりμが大きいので、本文では主に硬化層と母材のμを論じる。文献によれば、硬さが増加するとσは減少すると言われている。
また、渦電流の位相は表面からの距離(深さ)Xに比例して遅れる。
- 位相遅れ(Φ)=X√(πfμσ)=X/δ
- 公式2
試験周波数が高いほど、位相の遅れが大きく、低いほど小さくなる。公式2より位相は、 μとσが大きくなるに従い、遅れる傾向にある。試験周波数を固定した場合、硬化層のμ は小さくて母材のμが大きいので、位相遅れは硬化層深さの情報を現す。従って、この位 相遅れを観察すれば、硬化層深さは推定ができる。
渦電流に影響を与える組織の要因
文献によると熱処理された組織の状態は、電導率(σ)と透磁率(μ)の影響を大きく受 けて、渦電流が発生する。下表で主な組織特性とμ、σとの相関を示す。
組織の状態 電導率 透磁率 化学成分(chemical composition) ++ + 結晶成分(mixed crystal composition) + + 結晶構造(structure,size of grains) - ++ 組織構成(mixed structure composition) + + 沈殿・析出(precipitation) - ++ 吸蔵・気孔(occlusion, pore) - + 内部応力(inner stress) + ++ 薄層剥離・異方性・(anisotoropy) - + 微小クラック(microcracking zone) + + 歪・変形(deformation) - + 残留オーステナイト + ++ 樹枝状晶(dendrites in steel) - - (-)影響せず、(+)影響を与える (++)強く影響する
検査機の機能・紹介
検査機は eddyliner-P(ibg 社)を使った。貫通型コイルと検査機はシステム化されているので、今回の評価のため、特別に作成した機器はない。
試験周波数
検査機は試験周波数を時分割で、低い周波数から高い周波数まで連続的に変化させて励磁コイルに印加する、多重試験周波数(PMFT法)を採用している。今回の試験周波数は 25Hz, 80Hz, 250Hz, 630Hz, 1.6KHz, 4KHz, 10KHz, 25KHz の8周波数である。渦信号出力は測 定開始から1秒以内で全試験周波数の結果を表示する。一般的に、低い試験周波数は試験片の深部の組織を、高い試験周波数は表面・表層部の検出に使用する。PMFT法なので、表面から深部まで組織の断面の状態を検出できる。検査出力のデータ例を図 1,2 に示す。
X | Y | |
---|---|---|
25.0 Hz | -57 | -11 |
80.0 Hz | -342 | 67 |
250 Hz | -615 | 832 |
630 Hz | 413 | 1741 |
1.60kHz | 1388 | 1220 |
4.00kHz | 1529 | 429 |
10.0kHz | 1271 | -289 |
25.0kHz | 1072 | -868 |
検査機からの出力
貫通型コイルは励磁コイルと受信コイルで構成される。励磁コイルに交流が印加されると、試験体の表面に透磁率と電導率の影響を受けて、渦電流が『電磁的な指紋』のように発生する。受信コイルでこの渦電流の電圧(V)を測定する。電流iと電圧Vとの間には位相遅れ(φ)が生じている。この電圧Vと位相φはインピーダンス平面上に電圧ベクトルZとして定義される。検査機は、このベクトル座標の頂点PをX,YデータとしてmVの単位で表示し、シリアルインターフェースでPCに出力する。
検出は比較方式
貫通型コイルを2個使用して、1個のコイル(補正コイル)に補正用試験片を挿入。もう一方のコイル(試験コイル)に検査する試験片を入れる。指示計は、コイル内に導体がないとき、または補正用試験片と検査される試験片の組織が完全に一致すれば、零を表示・出力するようにコイルの巻き方や増幅・演算回路が設計されている。すなわち、出力データ(X,Y)がインピーダンス平面の原点付近に分布するほど、試験片の組織が補正用試験片の組織と近似、または同等であることを示す。逆に原点からある方向にデータが離れて分布するほど、補正試験片と性質(要因)が異なることを示す。例えば、硬さ、硬化層深さ、炭素の量などに着目すれば、補正試験片のそれぞれの量と比較して、多いか少ないかが判る。
試験片と実験方法
試験片は硬化層深さの相違する特殊炭素鋼(SCM440)の丸棒を5本用意した。そのうちの1本を補正試験片とし、残り4本の試験片の渦信号XYデータをとった。渦流検査の場合、試験体と貫通コイルとの距離(リフトオフ)は、検査結果に大きな影響を与える要因になる。
本来ならば、正確な位置決め治具が必要だが、今回は、貫通型コイルと丸棒の位置関係は、定規で測定し、丸棒(試験片)を手でコイル内に静止させた。これは、現場レベルで検査システムを構築する場合、精巧な位置決め装置は価格に影響を与え、検査システムにはコストを掛けられない状況から、誰でも簡単に硬化層深さが評価できる方法をとった。
手順は、①補正用試験コイル内に補正用試験片を設置する。②試験片を試験コイルの中に位置決めをして静止させる。③検査機の測定開始ボタンを押して、PCに渦信号XYデータを出力させる。試験片が各1本と少ないので、同じ試験片から5個の渦信号XYデータをとった。
試験片
試験片は丸棒で直径:30mm、長さ:150mmの特殊炭素鋼(SCM440)を調質した後、高周波焼き入れをした「硬化層深さ測定用試験片」を用いた。本試験片の硬化層深さを下記に示す。
試験片記号 | D10 | D20 | D30 | D40 | D50 |
---|---|---|---|---|---|
狙いの硬化層の深さ(mm) | 1.0 | 2.0 | 3.0 | 4.0 | 5.0 |
実測値(mm) | 1.2 | 2.1 | 3.1 | 4.0 | 5.1 |
表面硬さ(HRC) | 61.7 | 61.8 | 61.3 | 62.2 | 61.6 |
数量 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
補正用試験片の選定
各試験片の深さがすでにわかっているので、深さが一番深い試験片(D50)を補正コイル(Φ40)内の定めた位置に静止させる。次に、深さが未知の場合を想定して、D30の試験片を補正試験片と測定した。また、最も浅い試験片(D10)を補正用とした場合のデータも参考のため、評価した。
渦信号出力の結果と考察
各試験片の渦信号出力の分布を図6に示す。この分布図は、25Hzの試験周波数だけのXYデータをそのままEXCELの標準グラフで表している。後から、試験片記号を割り付けた。
補正試験片の硬化層が深い場合(D50)
比較法なので、原点付近には硬化層の深い試験片(D40)のデータが分布し、原点から離れる ほど D30,D20、D10 と硬化層の深い試験片の順にデータが分布している。
標本数が4個で相関係数が0.9204の場合、統計学上の母集団の95%の信頼区間は、-0.18~0.99である。負の値は相関がないことを意味するが、今回の場合は、標本数が少なかったことによる。もし標本数が6個で、相関係数が0.81以上あれば、母集団の95%信頼区間は必ず正となる。仮にD15、D25、D35、D45のような試験片あれば、この検量線の上に分布すると推定される。
XY データの分布と組織との関係
硬化層が浅い試験片は、表面からの焼入れ領域が少なく、深部になるに従って調質(母材)された組織のままになっている。焼入れ組織のμ1は小さく、母材のμ2はμ1と比較すると大きい。渦電流はこの2つの組織の透磁率がベクトルで合成されたように発生する。すなわち、硬化層が浅い試験片は、母材の割合が大きいので、μ2の影響を受けやすい。μ2は大きいので、浸透深さは浅くなる。(公式2より)
一般的に硬化層の代表的な組織はマルテンサイトが細粒化したものとされている。硬化層より深い部分の組織(母材)は粗い結晶・粒径になっている。この2つの組織の違いが渦電流の発生に大きく影響を与える。組織が細粒の場合、外部からの磁界により、結晶の内部で磁壁の移動が生じにくいので、渦電流が発生しにくい。また、焼入れした組織の中に、残留オーステナイトが存在するのも要因のひとつである。この組織は非磁性体なので、渦電流の発生を阻止する要因となる。
補正試験片の硬化層が浅い場合(D10)
原点から離れた位置に硬化層の深い試験片(D50)が分布する。原点から近いほど硬化層深さの浅い試験片がD20,D30,D40,D50と順番に並ぶ。原点から各試験片までの距離(ベクトル)は硬化層が深くなるほど、大きくなる。
相関係数が 0.59 と小さいので、この検量線は硬化層深さの推定には使用できない。しかし補正試験片の硬化層が浅い場合、深さを推定する目安になる。
補正試験片の硬化層の深さが中央の場合(D30)
硬化層深さが D30 の試験片の場合は、座標の原点が、D40 と D20 の試験片の中央付近に移 動したような形で各試験片の XY データが分布する。
D10、D20のXYデータの分布は第1象限にあり、D40,D50は第3象限にある。補正試験片D30は、D40、D50より硬化層が浅く、D10,D20より深いので、表面からの深さXにおけるμは、D30と比較するとD40、D50は小さく、D10,20は大きい。位相遅れは公式2より、μの大きさに比例するので、μが小さい組織の位相遅れは小さく、μが大きい組織の位相遅れは大きい。インピーダンス平面から位相を観察すると、位相遅れは時計方向の回転を負とするので、硬化層が深いD40、D50の遅れは小さく、D10,20の遅れは大きい。
すなわち、原点をはさんでXYデータが分布した場合、位相を観察すれば、硬化層の深さは、補正試験片より深いか浅いかが推定できる。
全試験周波数による評価
硬化層の深さは、熱処理品の切断面を硬さ試験や組織検査で判定をする。しかし熱処理は、少しでも加熱装置への設定条件が違うと、製品化される組織の結晶・構造、析出、粒径、残留オーステナイト、内部応力などに悪影響を与える。PMFT法は表面・表層部から深部までの組織状態を断層のように検出できる。ここでは、仮定として硬化層の深さが3~4mmの試験片(D30,40)は規格内で合格品とし、この値より浅い、または深い試験片は規格外として判別できるかを評価する。評価方法は、D30,40の試験片のXYデータを各5ポイントとり、検査機に公差域を作成する。この公差域の内側にXYデータが分布すれば、その試験片を合格とし、外側に分布すれば不合格と判別する。白バーは公差域の内側を、黒バーは外側を意味する。補正試験片はD10を使用した。
試験片 D50 の評価結果
低い試験周波数(25,80Hz)は黒バーを表示して、Dist.が2.71から3.58と大きな値を示す。試験周波数が1本でも黒バーを表示すると、検査機は「不合格」と判別をする。この指数は最大が99.99で、この試験周波数が浸透する深さの組織が、規格内の組織からからどの程度、乖離しているかを示す。ここでは、硬化層深さがD50とD40では1mmも違うので、黒バーはこの深さの違いを示す。表層部を検出する高い試験周波数は、白バーの表示なので、D50の表層部の組織はD30,40とほぼ同等で規格内であることが判る。
試験片 D20 の評価結果
この試験片は硬化層が2mmと浅いので、25Hzと80Hzの試験周波数では黒バーを表示し、Dist.も2.15から4.38と大きな値を指す。この試験片も「不合格」として、外部に表示する。高い周波数では、黒バーと白バーが混在しているが、Distは0.93~1.53と比較的に小さい値である。厳密にみれば組織(析出、残留オーステナイト、炭化物、その他)は違うが、表面・表層部の組織は規格内に近いといえる。
試験片 D40 の評価結果
本試験片で公差域を作成したので、当然、全試験周波数で白バーを表示する。すなわち、検査機はD40の試験片を「合格品」と判別する。D30も同様である。
まとめ
今回の実験では、同じ硬化層深さの試験片が1本と少ないので、N数をふやした時の評価をする必要がある。硬化層深さを調べるときの試験周波数は25Hzを使用し、硬化層深さの推定は1mm単位で判別できることが判った。補正用試験片に硬化層が深い試験片を使用した場合、検査機は比較法なので、硬化層が深い未知の試験片はインピーダンス平面の原点付近に分布し、原点から離れてXYデータが分布するほど、硬化層が浅い試験片であると推定できる。
今回の評価ではリフトオフ(コイルと試験片の位置関係)、試験片の温度および貫通コイルと試験片との充填率には言及をしてない。しかし、これらの要因は渦流検査に大きく影響を与えるので、実際の機械部品を検査する場合には充分に考慮する必要がある。
今後の課題
従来の硬化層深さを知る手法は、試験片を切断して、切断面の硬さや組織を検査している。これは、切断された製品の廃棄、切断時の廃油など環境破壊の源になる。またISO9000で品質管理が重要視され、従来の「人間の眼」から「電気の眼」の検査に移行しつつある。今までは、抜き取り、またはロットの頭出し時のみ破壊検査をして、その結果が合格ならば、そのロットは全数合格という「見なし検査」が主流である。しかし、熱処理は予断できない要因で欠陥のある製品を製造する可能性がある。全数検査は必須であるが、諸般の事情により、実施されていないのが現状であるが、下記の状況のときは、特に全数検査が重要である。
・熱処理装置の更新時
・新材料での製品化
・現行製品の改良・改善(R 部、肉厚の変更)
・製品の軽量化、熱処理時間の短縮化など、コストを意識したとき
以上のような場合、熱処理装置のいままでの加熱条件は使用できない。新たに条件設定を する必要がある。このような場合、慎重に対処しないと予期しない製品を出荷することが ある。
参考文献
- Lecture "MATERIAL TESTING", March 1988 ibg
- TEST RELIABILITY AND PMFT Herbert Baumgartner, 26.Feb. 1993 ibg
- Preventive Multi Frequency Test with eddyliner-P ibg 1996.8.23
- Automatic Verification of Induction Hardening Using Eddy Current and Preventive Multi-Frequency Testing By ARNOLD HORSCH
- 渦流探傷試験Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 日本非破壊検査協会
- Improving the Reliability of Eddy Current Testing as a Means of Induction Hardening Quality Control of Forged Axle Shafts April 22, 2002 Michigan Technological University
- 若い技術者のための機械・金属材料 矢島共著 丸善 平成 11 年 2 月
- 磁性体の物理 B.キレンスキー 株式会社 総合科学出版
- 硬化層深さ測定用試験片について ネツレン 1997.10.22
- 特殊鋼 第 46 巻 第9号 1997 年
- 非破壊検査第 50 巻4号(2001)p242-247